東京地方裁判所 平成10年(ワ)8664号 判決 1998年11月24日
原告
株式会社エー・アール・マネージメント承継人
株式会社アトリウム
右代表者代表取締役
A
右訴訟代理人弁護士
水野英樹
被告
株式会社興栄企画
右代表者代表取締役
B
右訴訟代理人弁護士
滝久男
被告
エヌエイチ商事株式会社
右代表者代表取締役
C
右訴訟代理人弁護士
栃木義宏
被告株式会社興栄企画補助参加人
株式会社サンケイハウジング
右代表者代表取締役
D
右訴訟代理人弁護士
中野公夫
主文
一 被告株式会社興栄企画は、原告に対し、別紙物件目録≪省略≫記載の建物を明け渡せ。
二 被告株式会社興栄企画は、原告に対し、平成一〇年六月一九日から右明渡済みまで一か月金六五万円の割合による金員を支払え。
三 被告エヌエイチ商事株式会社は、原告に対し、別紙物件目録記載の建物を明け渡せ。
四 被告エヌエイチ商事株式会社は、原告に対し、平成一〇年六月一九日から右明渡済みまで一か月金六五万円の割合による金員を支払え。
五 訴訟費用は、被告らの負担とする。
六 この判決は、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一原告の請求
(主位的請求)
主文と同旨。
(予備的請求―被告株式会社興栄企画に対し)
主文第二項につき起算日を平成一〇年八月二一日とするほか、主文第一項及び第二項と同旨。
第二事案の概要
本件は、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を競売手続により取得した原告が、前所有者から本件建物を賃借したとする被告エヌエイチ商事株式会社(以下「被告商事」という。)及び被告商事から本件建物を転借したとする被告株式会社興栄企画(以下「被告企画」という。)に対し、前所有者と被告商事の間の賃貸借契約が濫用的短期賃貸借であり、原告に対抗できないなどと主張して、所有権に基づき本件建物の明渡を求めるとともに、賃料相当損害金の支払いを請求した事案である。
一 争いのない事実等(争いがあるものについては、括弧書きで証拠を示す。)
1 訴外ピーターパン都市再開発株式会社(以下「訴外会社」という。)は、平成五年一一月二九日当時、本件建物を所有していた。
2 訴外会社は、同日、訴外株式会社大光銀行(以下「訴外銀行」という。)との間で、訴外会社の訴外銀行に対する債務を担保するため、訴外建物につき根抵当権を設定する旨の根抵当権設定契約を締結し、右契約に基づき、同月三〇日、本件建物について右根抵当権設定登記を経由した。
3 訴外銀行の申立てにより、平成九年四月二二日、東京地方裁判所において、本件建物につき競売開始決定が出された(平成九年(ケ)第一三三七号。以下「本件競売」という。)。
4 原告は、本件競売手続において最高価買受人となり、平成一〇年二月一七日、売却許可決定を得て、同年六月一八日に本件建物の売却代金を納付し、その所有権を取得した(≪証拠省略≫)。
5 被告商事は、平成八年六月二五日、訴外会社から、以下の内容で本件建物を賃借し(以下「本件賃貸借契約」という。)、その引渡しを受けた。
期間 同日から平成一一年六月二四日(三年間)
賃料月額 金六五万円
敷金 金一一七〇万円
6 被告企画は、平成八年八月二〇日、被告商事から、次の内容で本件建物を転借し(≪証拠省略≫。以下「本件転貸借契約」という。)、その引渡しを受けた。
期間 同日から平成一〇年八月一九日(二年間)
賃料月額 金五七万五七七〇円
共益費月額 金九万一二三七円
敷金 金三四五万四六二〇円
7 被告らは、本件建物を占有している。
8 平成一〇年六月一九日以降における本件建物の相当賃料額は、一か月当たり金六五万円である(弁論の全趣旨)。
二 争点
被告らが本件賃貸借契約及び本件転貸借契約をもって原告に対抗できるか否か
(原告の主張)
本件賃貸借契約は、形式的には短期賃貸借に該当するが、賃借人である被告商事において三年分の賃料全額を一括前払いしているほか、譲渡転貸自由の特約があり、敷金が極めて高額であるなど、不自然なものであって、濫用的短期賃貸借契約というべきであるから、民法三九五条による保護を受けることのできる正当な短期賃貸借契約ではなく、したがって本件建物の買受人である原告に対抗できない。また、本件賃貸借契約が原告に対抗できないものである以上、被告商事から転借した被告企画も、その転借権をもって原告に対抗することはできない。
(被告商事の主張)
被告商事は、訴外会社から、本件建物を被告商事に賃貸して占有使用させるので資金を作ってほしいとの依頼を受け、これに応じて、敷金及び三年分の賃料名目で合計金三五一〇万円を訴外会社に支払って本件建物の引渡しを受けた。当初、本件建物の一、二階部分のみを第三者に転貸して転貸料を取得する予定でいたところ、その後、訴外会社が倒産したことなどから、本件建物全部を被告企画に転貸し、右転貸料から訴外会社に支払済みの敷金、賃料を回収しようとしたものである。
(被告企画の主張)
被告企画は、本件転貸借契約を締結する際、被告商事が本件建物の所有者であると聞かされていて、訴外会社と被告企画との関係については一切知らされていなかった。被告企画は、被告商事から適法に本件建物を転借したものであって、原告に対して転借権を主張することができる。
第三争点に対する判断
一 本件建物の前所有者である訴外会社と被告商事との間の本件賃貸借契約は、本件建物につき根抵当権が設定登記された後に締結された、期間三年の賃貸借契約であることは当事者間に争いはないが、そもそも民法三九五条に基づく短期賃借権の保護は、抵当権者にとっての抵当不動産の価値の把握とその利用権の調和を図るためのものであるから、形式的に同条の要件を備える短期賃借権であっても、正常な用益を主たる目的としない、専ら債権回収を目的として設定された賃借権の場合には、同条による保護に値しないものと解すべきである。
ところで、当事者間に争いがない事実に、証拠(≪証拠省略≫)並びに弁論の全趣旨を総合すれば、被告商事は、訴外会社から資金の融通を依頼され、本件賃貸借契約締結と引き替えに、訴外会社に敷金名目で金一一七〇万円、賃料(全賃貸期間分の賃料前払い)名目で金二三四〇万円の合計金三五一〇万円を支払い、被告商事において本件建物を第三者に転貸して賃料を取得してその回収を図ることを予定して本件賃貸借契約を締結するに至ったこと、そのため、本件賃貸借契約には譲渡転貸自由の特約が付されている上、訴外会社と被告商事との間で、本件建物を第三者に賃貸する権利を訴外会社が被告商事に譲渡するとの趣旨の「賃貸権譲渡契約書」(≪証拠省略≫)が作成されたこと、ところが、本件賃貸借契約締結から約一〇日後である平成八年七月五日に訴外会社が手形交換所の取引停止処分を受けていることの各事実が認められ、これらの諸事実に鑑みれば、本件賃貸借契約は、正常な用益を主たる目的としたものとはいい難く、その形式はともかく、実質的には専ら債権回収を目的としたものというべく濫用的な短期賃貸借契約といわなければならない。
したがって、本件賃貸借契約は、前記のような保護の要請を欠くものであって、結局、本件建物の買受人である原告に対抗することができないというべきである。
二 被告企画は、本件転貸借契約締結に際し、被告商事の賃借権が右のような濫用的なものであるとの事情を認識していなかった旨主張するけれども、仮に、被告企画が右のような事情について善意であったとしても、本件転貸借契約は、被告商事の賃借権に基づいてその存立を許容されるものであるから、前記一で説示したとおり、被告商事の賃借権が民法三九五条による保護を受け得ず、その結果競売により消滅するものである以上、本件転貸借契約に基づく被告企画の転借権もまた、その存立の基礎を喪失し、原告に対して対抗し得ないものといわざるを得ない。
三 以上によれば、原告の主位的請求は、いずれも理由がある。
(裁判官 増森珠美)